ハーメルンの笛吹きオンナ2/ホラー小説
■夢遊病の足取り
友人がサキの名前を口にしたことが俺には衝撃的だった。
サキについて思い悩んでいる彼に向かって、気付けば俺もサキの話をしていたのはそういったことからだろう。
無理もない、俺もこの男と同じ悩みを抱えていたのだから。
友人も俺の話に驚いたようすだったが、そういった衝撃や驚愕よりもサキの話を俺と共有出来ていることがなによりも嬉しいらしい。
そして、友人も夢の中に現れるサキは俺の夢の中に現れるサキと同じ女性であることを確信した。
口元のホクロ。
夢の中で、俺の性器を……まるでチョコバナナのチョコだけを溶かし舐めとるように、みだらにエロティックに、舌鼓を打ちながら頬張る。
――本当にこれが夢の中の出来事なのか?
爪先と頭の先から同時に電流を流され、体内に帯電しながら放出を止められているような、なんとも言えない。とてつもない快楽。快感。悦。
常温のまま置かれたバターの塊が、ゆっくりとその形を崩していくように、ドロドロと溶けてゆくような感覚。
ああ、サキ。
お前は俺だけのものだ。
■それは夢か
ここのところ会社の上司にも顔色を心配されるようになった。
「ちゃんと寝ているのか?」
だそうだ。
「はい、充分寝ています」
「本当か? 不摂生はよくないぞ」
心配してくれているらしい。
ありがたいが心配をするのならば今すぐ帰らせてほしいと思う。
『充分寝ている』というのは真実だ。
俺は帰ったら食事もとらずに寝る。
睡眠導入剤も手に入れ、俺は眠りを支配しているのだ。
仕事もやめて、ずっと夢の中のサキと甘美なセックスに身を溶かしていたいが、無職になれば収入もなくなり、部屋で眠ることすらもままならなくなる。
それは避けたい。
「顔色も悪いし、体調も悪そうなのに目だけはギラギラしてて……。キヨトさんって、なにかやばい薬とかやってるんじゃない? ほら覚せい剤とか」
とある耳打ちが聞こえ、俺は舌打ちをした。
お前らみたいな偽物の女モドキが俺を語るな。俺はサキに愛されている男だぞ。お前らみたいな女はサキに比べればゴミ以下。
せいぜい金持ちのハゲとでもヤってろ。
気付けば俺は、誰とも喋らないように努めていた。男も女も。
「今日からわが社に入社した柚葉 沙紀さんです。今日から2カ月間はトレーニング期間ということでオフィス内の雑用庶務などの職務についていただきます。その後はみなさんと一緒に一般業務についていただきますのでよろしくお願いします。……それじゃ、柚葉さんよろしくおねがいします」
とある日の事だ。
会社に新人が入ってきた。時期も時期なので中途採用なのだろう。そういえば、人が足りないって総務のゴミが言ってたっけ。
「よろしくお願いします」
「ああ、どうも……」
新人の女性の声にほんの一瞬、顔を見た俺は目を疑った。
「色々教えてくださいね?」
口元のホクロ……。 サキ、だ。
■それは誰か。
「覚えてます?」
トイレから出たところを待ち伏せていたかのようにサキは俺に話し掛けてきた。
「な、なにが……」
とぼけてみる。いや、本心でもあった。
それもそのはずだ。なにしろ彼女がどれだけサキと瓜二つであっても、夢の中でセックスした女と似ているなどとどの口が言えるだろう。
俺はそんな鉄の心臓は持っていない。
「あのこと覚えてないの?」
急に馴れ馴れしい口調になり、俺は心臓が止まりそうになった。
サキの声。サキの口調。そのどれもがサキ。
実際に、彼女の名前も「沙紀」というのだから本人でないことのほうが疑わしいくらいだ。
「サキ……なのか?」
恐る恐るそう尋ねると、サキは夢の中で魅せた笑顔を見せた。
俺が絶頂に達したあとに必ずする笑顔。
「覚えてるのはそれだけ?」
「それだけって……どういう」
俺がそう言っている最中にサキは踵を返してそこから去ってしまった。
「ちょっと、サキ……!」
サキの背中に呼びかけると、同僚の女性社員が俺の声を聴いたらしく「わー馴れ馴れしい~! キヨトくんってそんなキャラだったんだ」とはしゃぎながら部署へ帰っていった。
こうなってしまえば、もはや仕事どころではない。
沙紀は、サキと同一人物なのだろうか。
にわかに信じがたいことではあるが、彼女の口ぶりから察するに無関係であるとは思いにくい。
もやもやとする思考。泥のように時と共に固まってゆく価値観。
こんな相談を出来る男は、俺は一人しか知らなかった。
■友人の話
俺と同じサキを夢で抱いた友人に再度会う約束をとりつけた。
電話で日時を決める際、出来るならば今夜会いたいと思っていた俺の心を読んだとしか思えない口調で、向こうからわざわざ今夜を指定してきたのだ。
前回と同じ焼き鳥屋で落ち合い、キャベツと酒を注文する。
今回話があると持ち掛けたのは俺なのに、先に話を切り出してきたのは友人のほうだった。
「あのさ、お前の相談乗る前にいいか?」
「なんだよ……。結構深刻な話なんだぜ」
「ああ、わかってる。だけどそれは俺もだ」
真剣な眼差しで俺を見詰める友人を前に、今回呼びつけたのは俺だから……と自分を言い聞かせ、「先にいいよ。なんだよ」と船を出してやった。
「うちの会社にサキがきたんだ」
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